2012年2月18日土曜日

文章の濃度

文章には濃度がある。濃厚なものは味わいが深いが解釈に予備知識を必要とし読み下すのに手間がかかる。一方薄いものはさらさらと読めるが、本質には影響を与えないような枝葉が数多く含まれる。

小説として楽しむなら薄い方がよい。ちょうど主食として常食する材料がどれも薄味であるのと同じだ。
一方、記録や智恵の書の場合は、濃い記述になっている。これは言葉を凝縮していることによる。

例:
濃い文章
 法王アレッサンドラ6世の死後、ジュリオ2世により囚われの身となったチェーザレ・ボルジアが逃亡した先はシャルロットの兄であるナヴァーラ国王の元であり、パンプローナから自由宣言が発せられた。

薄い文章
 チェーザレ・ボルジアの父である法王アレッサンドラ6世(ロドリーゴ・ボルジア)がローマにおいて死去したまさにその時、チェーザレ自身も生死をさまよう重病であった。続く法王ピオ3世はチェーザレに同情的であったが即位から1ヶ月もたたずに世を去ってしまう。その後、チェーザレは最大の誤りを犯すことになる。ボルジアに煮え湯を飲まされてきたローヴェレ枢機卿の法王就任に対して手を貸してしまったのだ。ジュリオ2世として即位した新法王は、チェーザレを破滅されることを画策し、ボルジア家の故郷でもあるスペインへの軍務を餌にして誘い出し、幽閉することにも成功する。しかし、スペイン王家の内紛に乗じて逃亡したチェーザレは、フランスに残してある妻シャルロット・ダルブレの兄であるナヴァーラ国王の元へとたどり着き、自由の身となることができた。ナヴァーラ王国はフランスとスペインの国境近くにあり、その首都パンプローナからイタリアの各地へとチェーザレの自由宣言の手紙が発せられた。